民事訴訟、ほとんどの方にとって一生関係のない、縁のない話ではないかと思います。
学問としての民事訴訟法は略称“民訴(みんそ)”をもじって“眠素”と言われたり、兎角難解な手続きの法律と言うイメージがあるようです。余談ですが、かの三島由紀夫はこのシステマティックな民事訴訟法を非常に好んだと言う話を何かで読んだ記憶があります。
私は人生の中で、この民事訴訟を月に1,2回はコンスタントにこなしていた時期があります。
勿論、行政書士としてではありません。民事訴訟は法的紛争の解決を目的とした手続きです。行政書士は紛争当事者やその代理人になるようなお仕事ではありませんので・・そういうことは、
“壊れかけのガンダムさん”のブログのとおり認められていません。ですから仕事ではこういう話はしません。
このブログは訴訟のノウハウ指南ではなく、訴訟体験談の様なものとしてお読みください。
私は、不動産屋という、『家賃滞納』やら『敷金返還』にまつわる訴訟ごとを常にやらなければならない仕事をしておりました。この「家賃滞納」と「敷金返還」が複雑に絡む事件で、家賃の滞納者本人とその連帯保証人とを訴えた事がありました。
シンプルな事例は、お部屋の貸主に借主が家賃を払うということです。貸主を債権者、借主を債務者と言います。そして債権者の方からみると家賃は賃料債権、債務者からみると賃料債務となります。借主が払わなければ、貸主が裁判所に訴えを提起します。裁判所が貸主の言い分を認めて賃料債権が「ある」と判断すれば貸主勝訴の判決を得ることになります。
ところで、お部屋を借りるときに、不動産屋さんから保証人が必要と言われたことはありませんか?保証人とは、主たる債務者がその債務を履行しない場合にその履行をなす債務(保証債務)を負う者をいいます。わかりやすく言いますと、お部屋の借主がその家賃を支払わない場合に、その家賃を支払う義務のある人が保証人と言えます。そしてこの保証は、債権者(貸主)と保証人との間の契約(保証契約)によってなされます。借主から「保証人になってくれ」と頼まれることが多いので、借主と保証人の契約のように思う方も多いと思いますが、違います。あくまでも保証契約は、貸主と保証人の契約です。
そして、ただの保証人ではなく「連帯」保証人の場合は注意を要します。この漢字二文字がつく連帯保証人に対しては、「主たる債務者であるお部屋の借主に請求してくれ」、「お部屋の借主には財産がありそうだからそちらの強制執行をしろ」という事は言えません。こういうのを催告の抗弁権と検索の抗弁権といいますが、通常の保証人と違って、連帯保証の場合にはこれらの抗弁権はありません。主たる債務者である借主と全く同じ義務を負います。世間で「連帯保証人は怖い」といわれるのはこういうことです。人の債務を肩代わりしなければならないのです。別の事件で、主たる債務者が破産してしまったのだけど、連帯保証人の保証債務はしっかり残っていたということも経験しました。借りた本人が破産しようともその効力が連帯保証人には及ばない。連帯保証人としての債務は残るというのは何となくしっくりこないような感覚もあるでしょう。借りた張本人が免責されても、人の借金を返さなければならないという感覚はあるかもしれません。しかし、債権者にとってかなり強力な担保としての効力があるのです。
さてさて、事案はちょっと複雑でした。
民事訴訟では「事件」と言いいます。それぞれの裁判は、番号と事件名で特定ができるようになっています。訴状に『○○事件』と名付けると、通常はそのまま事件名になります。具体的には「滞納賃料請求事件」、「敷金返還請求事件」などです。
家賃の滞納者本人は夜逃げ同然に物件を退去して都内近郊S県に住んでいる。そして連帯保証人は関西のA県に住んでいる。
民事訴訟で相手方、訴えられる方を『被告』と呼びます。何だか嫌な響きですね。それは、刑事事件の犯人の事をテレビでは『被告』と呼ぶ事があるからかもしれません。正確には刑事では『被告人』なのですが・・。『被告』と言う言葉にネガティブな響きがあるとすれば、何か悪いことをしたというイメージを想起しているからなのかも知れません。一方、民事訴訟では「被告」と言うのが正しいのです。良いとか悪いとか言う価値判断は含みません。民事訴訟では、単に訴えた人を「原告」、訴えられた人を「被告」といいます。
多くの場合、お部屋やお金の貸主が債権者として訴えますので貸主が原告、借主が被告と言う事になります。
次に、『管轄』についても説明しておきましょう。
どこで裁判をするのか、どこの裁判所に訴えを提起するのかということです。私がいた会社の本店がある東京で裁判をするのか。家賃滞納者本人のいるS県なのか。連帯保証人のいるA県なのか。また、日本には簡易裁判所、地方裁判所、高等裁判所、最高裁判所がありますが、一審を簡易裁判所でやるのか、地方裁判所でやるのかについても管轄の定めがあります。
原則論で言いますと、東京にいる私が相手方(つまり被告)の住所地であるS県かA県に訴えを起こすのが筋です。しかし、滞納された家賃の回収のために、そんな出張はとてもしていられません。どこで裁判をやるのかは、契約書で予め決めておく事が多いのです。専門的には専属的合意管轄と言いますが、みなさんの賃貸借契約書にも書いてあるのではないでしょうか。予め、「もし紛争になったら、ここで裁判しようね」と決めておくのです。かくしてこの事案は私の会社の所在地を管轄する東京になりました。この管轄の合意があれば訴える方が圧倒的に有利です。やはりアウェーで戦うのは不利なのです。
訴えられたA県に住んでいる連帯保証人は烈火のごとく怒ったらしいのですが、自分が借りた金でもないにもかかわらず『東京に来い』と裁判所から呼びだされたのですから。連帯保証人の気持ちはわからなくはありません。それを何とか家賃の滞納者本人がなだめたようです。家賃の滞納者が、『大丈夫、俺がしっかり裁判所にいってケリをつけるから(連帯保証人は)A県から東京に来なくてよい』とか何とか言ったらしい。連帯保証人には迷惑を掛けないということのようです。
口頭弁論期日に家賃滞納者は東京の法廷に1人で現れました。そして「家主に敷金を預けてあるのでそれで相殺すれば滞納家賃はない」と主張しました。敷金を預けているからそれで滞納家賃を相殺する。つまり差し引きチャラということ。結局、判決は「一部棄却」、つまり私の方が一部負けてしまいました。
本当のところはもっと複雑な案件で、原告適格やら何やらからはじまって、争点は「滞納家賃の請求」、「解約告知の義務違反(賃貸借契約の終了時期と明け渡し)」、「原状回復費の請求(不法行為に基づく損害賠償請求権)」と「敷金の返還請求」ということで複雑でしたが、紙面の都合上割愛します。
「棄却」というのは簡単にいうと、原告の請求が認められなかったということです。訴えた方が負けたということです。(一方で原告の請求が認められることを「認容」と言います。)
一部棄却なので、こちらが請求した50万のうち25万だけが認められました。つまりは、こちらの請求額の半額はなんとか認められた格好になりました。
ところが・・・。数日後、あわてている様子で、どことなくよそよそしく家賃の滞納者から連絡がありました。家賃の滞納者本人曰く、『俺の分と連帯保証人の分、両方を足して払わなければならないのですか?』。私『・・・?』、言っている事がわからない。
家賃の滞納者本人『自分のところには半額払えと判決が来た。一方で、連帯保証人には全額払えって、裁判所から判決が来てる。と言う事は、もともとあなたに請求された金額の1.5倍払えって事ですか?』
みなさんには、この家賃の滞納者が何を言っているかおわかりでしょうか。
自分は訴訟で金25万円払えと言われた。これは仕方がない。ところが、連帯保証人にも裁判所から判決が来ていて、それには金50万円払えとある。連帯保証人には義理があるから払わせるわけにはいかないのでこの50万円は自分が払う。そうだとすると、自分が負担する金25万円と、連帯保証人負担の金50万円の合計金75万円を払わなければならないので、請求された金50万円の1.5倍になってしまうのではないか。
私は一言告げた。「50万円だけでいいですよ」
つまり、連帯保証人は負けたのです。なぜ家賃の滞納者本人が訴訟で勝ったのに、連帯保証人は全面的に負けたのか・・。家賃の滞納者は裁判所に来て争った。だから一部勝訴したわけです。債務が請求額の半額の25万円に減った。半分勝った。
滞納者本人は法廷に来た。ところが、連帯保証人は法廷に来なかった。
請求に対する対応、つまり争うのか認めるのか等を記載した書面である「答弁書」も出さなかった。『争う』とも言ってこなかった。
たしかに、家賃滞納者と連帯保証人の間では「迷惑を掛けない」、「お前に任せる」と言う話になっていたのかもしれません。そして、道徳的には、熱い友情ということだったのかもしれません。また、連帯保証人から主たる債務者である家賃滞納者に訴訟行為を委任するという委任状が出ていれば、主たる債務者は連帯保証人を代理していることになり、同じく勝訴判決の利益を享受していたのかもしれません。しかし、現実には何も出さなかった。何もしなかった。(民事訴訟では黙秘権というのはありません。おうおうにして不利な立場になります。)
このように、主たる債務者が勝っても、連帯保証人が負けるということもあります。しかし、請求した額が変わるということはありません。訴額といいますが50万の賃料債権があるのかないのかということを裁判所に判断してもらったにすぎません。
保証契約は債権者と連帯保証人の契約なのです。たとえ頼んだ経緯が主債務者から連帯保証人であったとしても、お互いに迷惑を掛けないというのは道義的なものにすぎません。債権者からすれば、連帯保証人と主債務者の間でどのような約束事があろうとも関係ありません。
だから、裁判所は、連帯保証人についてはこちらの請求額を認めました。連帯保証人は答弁書も出さずに欠席したということで、争わないという態度になってしまった。それで、自分が100%負けたという判決を貰った連帯保証人から、くだんの家賃の滞納者へ、再度苦情が入ったと言う訳です。
家賃の滞納者に私は答えました。私、『(滞納者本人の半額、連帯保証人の全額)足して払う訳ではないですよ。訴額記載の金額(こちらの請求額)さえお支払いただければ結構です。』とだけ....。
民事訴訟の場合、主張・立証することがとても重要になります。筋違いなことを主張しても無意味ですし、事実は確かであってもそれを証明できなければ、やはり意味がありません。
この考え方は、行政の手続きにも応用できると思います。
MIYAGAWA